保健管理センター長のひとこと【ケトン体について】


2016/1/18

 今回は「ケトン体」について書かせていただきます。最近までケトン体は人体にとってよくないと思われてきました。糖尿病が重症化するとケトン体が血中に増加して「ケトアシドーシス」という病態になり、ときには死亡する場合もあります。小児の嘔吐・下痢症、妊娠初期の重症妊娠悪阻の際にも尿中にケトン体が出現します。したがって、ケトン体は病気を作るものというイメージがありました。しかし、ケトン体は、糖尿病、小児の嘔吐・下痢症、妊娠初期の重症妊娠悪阻の際に糖質がエネルギーとして利用できないために、糖質に変わるエネルギー源であり、代謝異常を補正する良い物質なのです。悪いのはそれぞれの疾患が作っている症状であります。実際、山で遭難した人が水だけで何日も生存できるのは、エネルギー源としてケトン体を利用しているからです。

 人間以外の動物では、カロリー制限を行うと寿命が伸びることが報告されていて、人間に近いアカゲザルを用いた実験でも証明されています1。カロリー制限で寿命が延びるのは、カロリー制限によりケトン体が産生され、そのケトン体が寿命を延ばすのではないかとも考えられています。なぜなら、代謝と長寿に関連した研究では、長寿に関連する遺伝子(長寿遺伝子)がケトン体産生を制御している酵素活性に影響していることが明らかとなってきているからです2

 我々は誰でも食事の仕方を変えるだけで自分の体の中でケトン体を作ることができます。体から作られた内なるケトン体は、減量、糖尿病、心血管系疾患のリスクファクター、てんかん発作に極めて有効で有り、ニキビ、アルツハイマー病の予防・治療、多嚢胞性卵巣症候群、がんに対しても効果的である可能性も示されつつあります3

 昨年1117日に「ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか」(宗田哲男著)という本が発刊されました。http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334038892

 この本に対して徳島新聞は本年19日に「新書選書レビュー」で“食をめぐる言説の一つに「糖質制限で健康になる」というものがある。『ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか』は、この説の根拠を著者独自の観点から示す。糖質でなく脂肪から生じるケトン体こそが人体の基本となる物質と説き、糖質摂取をやめてタンンパク質、脂質中心の食事でケトン体代謝を促し、体の改善をはかることを薦める。長らく「高ケトン状態」は人体によくないと考えられてきた。今後、学術的決着がついていくのかにも注目したい。”と論評しています。宗田先生は産婦人科医であり、本書の発刊前に東京でお会いしました。

 ケトン体研究はまだ始まったばかりです。今後、どんな展開になるのか注目してゆきたいと思っています。ちなみに私は血中ケトン体濃度(正確にはケトン体の一番メインとなるβ-ヒドロキシ酪酸濃度)が3001,000μmol/Lです(β-ヒドロキシ酪酸濃度はかなり日内変動があるとされています)。成人の現行の基準値は85 μmol/L以下です。この値が自分の体にどのように影響しているかは未だ分かりませんが、ケトジェニックダイエットをして安定期になった人間では妥当な値のようです。

2016年1月18日

秦 幸吉

1)     Colman RJ et al. Caloric restriction delays disease onset and mortality in rhesus monkneys. Science 2009; 325: 201-204.

2)     Newman JC and Verdin E. Ketone bodies as signaling metabolites. Trends Endocrinol Metab 2014; 25: 42-52.

3)     Paoli A et al. Beyond weight loss: a review of the therapeutic uses of very-low-carbohydrate (ketogenic) diets. Eur J Clin Nutr 2013; 67: 789-796.