松江キャンパスホーム > キャンパス情報 > 図書館 > 利用について > 各種情報 > オススメ本 > 私のオススメ本 バックナンバー 第131回~第140回

私のオススメ本 バックナンバー 第131回~第140回

第131回 図書館司書 古德 ひとみ

第132回 図書館司書 野々村 佳緒里

第133回 図書館司書 北井 由香

第134回 図書館司書 古德 ひとみ

第135回 図書館司書 野々村 佳緒里

第136回 図書館司書 北井 由香

第137回 図書館司書 古德 ひとみ

第138回 図書館司書 野々村 佳緒里

第139回 図書館司書 北井 由香

第140回 図書館司書 古德 ひとみ

第131回 ヒヤっとしたい人にオススメ


恋する世界文学
   図書館司書 古德 ひとみ

   私のオススメ
   『夏と花火と私の死体』

    乙一 著
       集英社 2000年5月発行


  毎日暑い日が続き、夏バテ気味という人もいるのではないでしょうか。今回は、そんな夏バテを忘れるくらい背筋がひんやりと涼しくなる一冊を紹介します。
 本書の語り部である五月と、健・弥生の兄妹は仲良し三人組です。夏休みのある日、五月と弥生は、後で合流して遊ぶはずの健を木の上で待っていました。その間、二人は健には内緒の会話をします。弥生は、自分は実は兄の健のことが好きだと五月に打ち明けます。それを聞いた五月は、自分も同じように健に好意を持っていることを弥生に告白します。
 そして事件は、その直後に起こりました。健の姿を見つけて手を振った五月の背中を、弥生が力強く押したのです。五月は木の上から落下して、そのまま亡くなってしまいます。弥生は、五月は不慮の事故で死んだのだと偽り、周囲が五月の死を悲しまないようにと健を説得し、遺体を隠し通そうとします。
 この話の流れだけでも読んでいて充分ぞっとしたのですが、私が最も驚いたのは、五月の死後も、彼女の視点でお話が進んでいくことでした。弥生と健は、五月の遺体が見つからないようにと、隠し場所を転々とします。その間も、もうこの世の人ではない五月が、兄妹の様子を実況しているさまが、何とも言えないくらい不気味に感じられました。しかも五月は、突然自分に降りかかってきた「理不尽な死」に対する恨みのようなものは口に出しません。激しく怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく、ナレーターのように淡々と物語を進行させていく五月を見ていると、彼女が死んでいることを一瞬忘れそうになります。
 これからいよいよ夏本番というこの時期。本書を読んで、ヒヤッとしてみませんか  
 

 

第132回 ネーミングに興味がある人にオススメ


すべてはネーミング
   図書館司書 野々村 佳緒里

   私のオススメ
   『すべてはネーミング(光文社新書)』

    岩永 嘉弘 著
       光文社 2002年2月発行


  モノの名前を気にしたことはありますか?
  私はどちらかというとモノの名前や言葉の響きなどが気になる方です。
 最近私の心に響いたネーミングは、友人宅のネコの名前です。百合が咲く季節に生まれたから「ゆり」、そしてオスだからと「介」をつけて「ゆり介」。百合が咲く季節という情緒豊かな感じと「介」という和な感じがとてもいいなーと感激してしまいました。
 著者の岩永氏は、ネーミングをビジネスとしている方で、本書には、ネーミングを考える際のプロセスや世に出ているネーミングの分析、講評などが書かれています。様々なネーミングの分析結果をみると、なるほど!ととても納得出来、考え方のプロセスも丁寧に紹介されており理解出来ます。
 しかし、ネーミングをビジネスにする、商品をネーミングによって大きく売り出す、施設名やCMをネーミングによって印象付けるということは、多くの人に受け入れられるものでなければなりません。私にはヒットした「ゆり介」も、他の友人には正直そこまでのヒット感はなく、仕事としてのネーミングの大変さ、そして奥深さを感じました。同時に、商品をうまく言い得たネーミングが思いついた時の気持ち良さは格別だろうな、とも感じました。
 耳にしたことのあるネーミングの由来や構造を理解すると、そんな気持ち良さを少しですが感じることが出来ます。気になる人はぜひ手にしてみてください。

 

第133回 島村抱月を知らない人にオススメ


女優
   図書館司書 北井 由香

   私のオススメ
   『女優』

    渡辺 淳一 著
       集英社 2014年5月発行


  現在、図書館では、『島村抱月の出身地はどこ?~没後100年展示~』の展示を行っています。今回は、この島村抱月を語る上で欠かすことのできない人物「松井須磨子」について書かれた本を紹介します。タイトルは、『女優』この女優こそが松井須磨子です。
  松井須磨子は、本名、小林正子。明治19年3月8日、長野県松代(まつしろ)に生まれました。当時としては、珍しい美容整形手術を行ってまで文芸協会(明治39年、坪内逍遥・島村抱月らを中心に、演劇・文学・美術などの改革を目的として設立された団体)の試験に臨み、文芸協会演劇研究所第一期生となり、32歳で亡くなるまで女優として舞台に立ちました。須磨子は、他人の存在など眼中になく、自分のやりたいことだけをやり、他人の言うことをあまり気にせず、何を言われても平然とし、例え、厭なことを言われても、次の日になるとケロリと舞台に立っている自由奔放な女性として描かれています。
 しかし、女優としては、とても成功しました。帝国劇場で上演されたトルストイ原作『復活』での劇中歌『カチューシャの唄』は、大ヒットし、その後、日本全国のみならず、朝鮮、満州、台湾でも巡演されました。
 そして、この松井須磨子の傍にいつもいたのが、島村抱月です。妻子がある身でありながら、須磨子と恋愛関係になり、須磨子の支えとなりました。須磨子は、そういう性格のため、常に周りに敵を作り、孤立していました。理解者は、抱月だけでした。須磨子がどんなに我儘をいっても受け止めてくれ、支えていてくれる抱月がいたからこそ須磨子は女優でいられたような気がします。
 抱月の後を追って亡くなった須磨子の遺書に書かれていた願いは、とうとう叶うことはありませんでしたが、女優としての人生を思う存分、自由に生きさせてくれた抱月に出会えた須磨子は、幸せだったのかもしれないとそう思います。

  〈参考文献〉
    "ぶんげい‐きょうかい【文芸協会】", デジタル大辞泉, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-09-07) 

 

第134回 人間関係に悩んでいる人にオススメ


家庭教室
   図書館司書 古德 ひとみ

   私のオススメ
   『家庭教室』

    伊東 歌詞太郎 著
       KADOKAWA 2018年5月発行


  本書の主人公の灰原巧(はいはらたくみ)は、都内に住む大学生です。初めは塾で家庭教師のアルバイトをしていましたが、あることがきっかけでクビになってしまいます。しかし、塾時代に担当していた生徒の父親から、もう一度、今度は個人として家庭教師をしてみないかと誘われます。巧はその申し出を受けて、再び家庭教師を始めますが…。
 巧は家庭教師の仕事を通して、色んな「家庭」に出会います。家庭教師の仕事はもちろん「勉強を教える」ことですが、生徒やその家族に接している巧を見ているうちに、それだけが仕事ではないのだということにも同時に気付かされました。
 私が最も印象に残ったのは、巧が中学三年生の少女・梨子を担当した時のお話です。彼女は小学校の頃に全国大会に出場したことがあるくらい足が速く、中学に入ってからも陸上部で活躍しています。ところが、2年生の冬に突然、足に謎の痛みを訴え、動けなくなってしまいます。治療のおかげで何とか歩けるようにはなったものの、走ることは暫く出来なくなってしまいました。やがて巧は、1・2年生の頃は成績優秀だった彼女が、3年生になった途端になぜ成績が落ちたのかを知ることになります。梨子は「勉強をしない」という選択を自らしたのです。
 巧は、家庭教師という立場が基礎にあるものの、時にはカウンセラーのように、またある時には親しい友人のように彼女と向き合っていきます。梨子と同じ視点に立って一緒に悩んだり、一歩離れて客観的な視点で話を聴いたり…。一人の教え子として、また、一人の人間として。そんな巧と接するうちに、家族に言えなかった本心を、梨子は次第に打ち明けていきます。そんな二人を見て「人と関わる」ということは、その人の「人生」と関わることなのだなと、改めて気付かされました。
 梨子を初め、巧は様々な「家庭」と向き合っていきます。普段自分が周囲の人にどのように接しているか、振り返って考えるきっかけをくれる一冊です。 

 

第135回 歴女にオススメ


女優
 図書館司書 野々村 佳緒里

   私のオススメ
   『西郷隆盛と薩摩(人をあるく)』

    松尾 千歳 著
       吉川弘文館 2014年3月発行


  歴女(レキジョ)という言葉を知っていますか?歴女とは、2009年の新語・流行語大賞のトップテンに入った言葉で、時代小説を読んだり、史跡を訪ねたりするなどの歴史が好きな女性のことです。
 私は歴女ではありませんが、どんなことをした人物なのだろうと歴史上の人物が気になることはあります。そこで今回は、「人をあるく」シリーズを紹介します。
 このシリーズは主に3部構成になっていて、はじめは、取り上げられている人物がどのような生涯を送ったかが分かる「履歴書」となっています。ちょっとした知識だけでいいから知りたいという人は、履歴書部分だけを読んでもいいと思います。
 次の2部目では、この人物を語る上で重要となる出来事や功績などがいくつか書かれています。歴史に詳しくないと少し難しくなってくるのですが、短くまとめてられており、また履歴書で得た知識を元に読み進めていくので知識を深めていくことが出来ると思います。
 最後は、人物ゆかりの地を歩くがテーマです。歴女のみなさんには、特におすすめの部分です。西郷隆盛で言えば、鹿児島に点在している関係地はもちろん、流刑されていた沖永良部島にあるゆかりの地なども写真付きで紹介されています。駅から徒歩何分、バスで何分という情報もバッチリ掲載されています。
 私は今回、大河ドラマで話題になっているということで『西郷隆盛と薩摩』を紹介しましたが、このシリーズでは様々な年代の人物が紹介されています。シリーズの中から是非1冊でも手に取ってみてください。

 

第136回 人生に迷ったらオススメ


武士道
   図書館司書 北井 由香

   私のオススメ
   『武士道』

    新渡戸稲造著
        矢内原忠雄訳 
       岩波書店 1938年10月発行

  

   「武士道」なんて言葉を聞くと、何だか古めかしい教えのように思うかもしれません。かくいう私もこの本を読むまでは、そう思っていました。読んでみると、その考えは、全く覆されました。
   そもそも、この本は、アメリカで『BUSHIDO The Soul of Japan』というタイトルで刊行されました。新渡戸がこの本を書くに至ったのは、ベルギーの法学者から「宗教教育のない日本で、道徳教育はどうやって授けれらるのか?」と問われたことがきっかけでした。外国の人に日本人とは?を示す内容は、私たち日本人が改めて日本人を知る、自分を見つめ直す機会になると思います。
   新渡戸は、「最も進んだ思想の日本人にてもその皮に掻傷(そうこん)を付けて見れば、1人の武士が下から現れる。名誉、勇気、その他すべての武徳の偉大なる遺産は(中略)吾人の信託財産たるに過ぎず、死者ならびに将来の子孫より奪うべからず秩禄である」と言っています。おおよその意味としては、進歩的な思想を持った日本人でも、その皮膚を剥げば、1人の武士が現れる。名誉や勇気、その他全ての遺産は、先人から受け継いできたものであり、預かっているに過ぎない。その預かっているものは、次世代に受け継いでいかないといけない。
   つまり、自分のことばかりを考えることなく、先人に感謝をし、未来を慮るべきだと新渡戸は言っているような気がします。「武士道」は、けっして古めかしい武士の教えではなく、現在の私たちがどう生きるべきなのか、生きることをどう捉えたらいいのかを示した指南書のような気がします。いつか読んでみて欲しい1冊です。 
  
 

第137回 スリルを味わいたい人にオススメ


クローディアの秘密
   図書館司書 古德 ひとみ

   私のオススメ
   『クローディアの秘密』

    E.L.カニグズバーグ著
        松永ふみ子訳 
       岩波書店 1975年3月発行

  

    皆さんは、子どもの頃に読んだ本でずっと忘れられない本はありますか?今回は、私にとってのそんな本を紹介したいと思います。
 本書の主人公の少女・クローディアは、ある日家出することを思いつきます。何とその行先は…ニューヨークのメトロポリタン美術館でした。彼女は、弟のジェイミーを誘って計画を実行します。
 美術館での二人の生活は、読んでいてドキドキ・ワクワクする場面の連続です。例えば、閉館前、巡回中の守衛に見つからないように、二人がそれぞれトイレの個室に隠れてじっとしている場面は、まるで自分もクローディア達と一緒にかくれんぼのスリルを味わっているような感覚を覚えます。また、閉館後の夜の美術館で、二人がお風呂の代わりに噴水の池で水浴びをするシーンは「誰かに見つかったらどうしよう」とハラハラすると同時に、何だかとても贅沢なものに感じられました。
 やがて、美術館での生活を送る中で二人は、館内の展示物として新しく入ってきた「天使の像」が、本当に噂されている通りミケランジェロ作の作品なのか、その真相に迫ろうとします。
 本書を読むと、あっという間に、今自分がメトロポリタン美術館にいるような錯覚に陥ります。皆さんも、本書を通して、クローディアやジェイミーと一緒にメトロポリタン美術館に行ってみませんか?  
 

 

第138回 字を書くのが好きな人にオススメ


ツバキ文具店
   図書館司書 野々村 佳緒里

   私のオススメ
   『ツバキ文具店』

   小川糸著 
      幻冬舎 2016年4月発行

  

    “文具店”というタイトルを見て、便箋やマスキングテープなどのかわいい雑貨のような文房具たちを思い浮かべた人もいるかもしれませんが、「ツバキ文具店」はそうではありません。「代書屋」としての仕事に真摯に向き合う主人公・鳩子の物語です。
  「代書屋」とは、他の人に代わって賞状や看板などの字を書くことを仕事とする人のことで、字が上手に書ける人の職業だと私は思っていました。
 確かに、字が上手に書けることは大切な要件ですが、ただ代筆するわけではありません。鳩子は、離婚報告の手紙、借金お断りの手紙、天国からの手紙などの文面を依頼者に代わって考え手紙をしたためます。そして、ここが1番の腕の見せ所、依頼者の性別や年齢、書く内容などを考慮して、手紙に書く字を変えていきます。そのため、ただ上手に字が書ければ良いというわけではないのです。自分では思いを伝えられない依頼者の思いが届くよう、言葉だけではなく字も慎重に選んで手紙を書いていきます。
 依頼後には、手紙の文面が鳩子の筆跡で紹介されています。様々な筆跡があり、依頼者の特徴を捉えているものの、読みにくくないというのがさすが代書屋だなと感心してしまいます。
 字を書くのが好きな人は、こんなに自由自在に字を書けたら楽しいだろうなぁと感じられると思いますよ。
  
 

 

第139回 数学を志す人にオススメ


岡潔―数学を志す人に―
   図書館司書 北井 由香

   私のオススメ
   『岡潔―数学を志す人に―』

   岡潔著 
      平凡社 2015年12月発行

  

    「人の中心は情緒にある」本の帯に書かれたこの言葉に目が留まり、この本を手に取りました。この言葉のどこに惹かれたのか、本のタイトルが『岡潔―数学を志す人に―』だったからかもしれません。論理的な学問の印象がある”数学”と”情緒”という言葉が、どう結びつくのか、とても興味が湧きました。
  恥ずかしい話ですが、私は、この本を読んで初めて「岡潔」という人を知りました。岡が、多変数函数論の分野で世界的な難問を解決した、日本が誇る偉大な数学者だということを。岡は、学問は頭でするものではなく、情緒が大切だと言います。情緒の中心が発育を支配しており、その情緒を養う教育は何より大事に考えねばならないとしています。数学者である岡が日本の情緒、教育、宗教、歴史、科学、文化について語り、そして、それらを通して語られる数学は、とても深く一言一言が心に響きました。以下の文を読んでもらえれば、岡がどのような人なのか、数学をどのように捉えていたのか、ほんの、ほんの少し分かるのではないでしょうか。

  人の中心は情緒である。情緒には民族の違いによっていろいろな色調のものがある。たとえば春の野にさまざまな色どりの草花があるようなものである。  
  私は数学の研究をつとめとしている者であって、大学を出てから今日まで三十九年間、それのみにいそしんできた。今後もそうするだろう。数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。  
  私は、人には表現法が一つあればよいと思っている。それで、もし何事もなかったならば、私は私の日本的情緒を黙々とフランス語で論文に書き続ける以外、何もしなかったであろう。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。(『春宵十話』岡潔著 角川書店より引用)

  『岡潔―数学を志す人に―』おススメの1冊です。 

 

第140回 人の心を知りたい人にオススメ


こころ
   図書館司書 古德 ひとみ

   私のオススメ
   『こころ』(改版)

   夏目漱石著 
      角川書店 2004年5月発行

  

    本書は、大学生の「私」が、学校の休暇中に知り合って親交を持つようになった「先生」との出会いをきっかけに、先生が抱えていた過去の重大な秘密を知ることになる物語です。
 ある時「私」は、お墓参りに出掛ける「先生」に、一緒について行っても良いかと尋ねます。ところが、ある話せない事情があって一緒には行けないと断られます。「先生」の過去には、何か大きな秘密があるようなのです。いずれは全てを打ち明けると約束してくれた「先生」でしたが、「私」がそれを知るのは、「先生」からの遺書が届いた時でした…。
「先生」は大学生だった頃、東京で下宿していました。やがて下宿先で過ごすうち、その下宿先の女主人の娘の「お嬢さん」に恋をします。
 ところが、なかなか気持ちを伝えられずにいる内に、一緒に下宿していた同郷の友人・Kから、実はお嬢さんが好きなのだと打ち明けられてしまいます。Kは自分に自信がなく、このままお嬢さんを好きでいて良いのか迷っている様子でした。
 その後、「先生」は先手を打って、お嬢さんと結婚させてほしいと女主人に頼み、承諾を得ます。その数日後に、Kは自分の部屋で自殺してしまいます。Kの死を受けて「先生」は、激しい自責の念に駆られます。
 私が本書を最初に読んだのは、高校生の頃でした。その時一番に感じたのは「先生はずるい」という感情でした。作中で「先生」が、自分の恋心に正直に動こうか悩んでいるKに「精神的に向上心のないものは、ばかだ」と言う場面があります。また、その後自殺したKの遺書には、「意志薄弱でとうてい行先の望みがないから、自殺する」とありました。この流れを読んで私は、「先生」が故意にKを傷つけ、追い詰めたという捉え方しか出来ませんでした。
 しかし、年月が経って読み返してみると、「ずるい」とは別の感情も抱きました。それは、「先生」とKがもっと腹を割って話していたら、結末が変わったのではないかという歯がゆさでした。実際、「先生」がお嬢さんへの恋心をKに打ち明けようか悩む描写があります。もしその時、思い切って打ち明けていたら…?また、お嬢さんの母から結婚の話を聞いてただ「おめでとうございます」と返したKが、「先生」と自分の間にあったやり取りを話していたら…?「もし」を言い出したら切りがないのかもしれませんが、別の結末を思い描かずにはいられませんでした。
 本書は、どの登場人物の視点で読むかによって、感じ方が変わってくる作品だと思います。ぜひ、色んな人物の「こころ」に寄り添って、読んでみて下さい。